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理論と実践を噛み合わせた歯車研究 —中田考

中田孝(1908(明治41)年~2000(平成12)年、東京浅草生まれ)は、1928年東京高等工業学校機械科を卒業、翌年4月、新設の東京工業大学機械工学科に第一回生として入学。卒業後は、母校の助手、助教授(精密工学研究所員)、教授、精密工学研究所長を2回勤めました。

中田は、豊かな独創力に加えて、物理的問題や応用数学等に強い興味を持ち、外国文献も積極的に調査しました。1929(昭和4)年頃、歯車運転試験のため水晶のピエゾ効果を使ったトルク計を自作。その試験の理論解析に独得のモビリティー法を開発しました。

転位歯車の研究は、この試験歯車を作るために行った実践的なものでした。すなわち、計算式を示すに止まらず、計算を簡略化する各種の数表、計算図表、歯車用計算尺、歯車曲線を検討するためのインボリュートコンパスを考案し、更に、工作寸法管理、歯車諸元・誤差の測定解析など、インボリュート歯車使用のためのほとんどの手法を確立したのです。

1955年頃から、自動制御分野にも進出し、その技術を応用して大型精密親歯車ホプ盤の高精度化を試みました。結果、東芝機械(株)の割り出し誤差4秒[角度]以内の世界最高精度の大型精密ホプ盤を完成させます。これは、自動制御技術の誤差補正への初めての応用として世界的に注目を集め、1964年に、大河内記念技術賞が贈られました。

1959年には、わが国最初の数値制御旋盤を作り、後に大発展したNC工作機械開発の突破口を開くなど、多くの業績を上げました。

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