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空気圧の産業界と人間の生活への応用 基礎技術:等温化圧力容器 名誉教授 香川利春


0.前書き

みなさん、こんにちは。
まず最初に自己紹介させていただきます。私は1974年に東工大制御工学科を卒業して計装メーカ技術部に2年間在職し、その後東工大制御工学科の助手、講師、助教授、教授として務めて4年前に定年退職しました。学部の成績はやっとこ半分以上との感じで、学生時代はオートバイや登山に夢中になっていました。それでも大学の研究者である以上、研究分野を持ってなんかやらなければとの気持ちを持っていました。その時に会社時代に見た空気圧制御装置が電気ノイズを受けずに動作しているのを思い出し、その特性解析をやってみようと考えました。しかしながら50年前空気圧は中小企業が間に合わせで使っている技術で論文もほとんど出されていませんでした。

1.空気圧技術

 空気圧を利用する技術は有史以来多くの駆動等に用いられてきていました。何と言っても最大の優位性は人間が存在する環境の空気を作動流体として用いることにあります。油圧制御システムに比べ、流体の戻り配管が不要であり、従って駆動に用いた空気はそのまま大気に放出させても通常は問題がないという特徴を有しています。また空気は温度変化に対して粘性がそれほど変化しないため、自動制御を試みた初期の頃は空気圧を用いたPID(Proportional(比例)Integral(積分)Derivative(微分))制御機器が用いられました。石油精製装置では制御機器の防爆性が大変に重要視されますが、空気圧機器は火花を出す要因がないために安心して利用されました。産業革命以後、多くの生産設備や輸送機器、生体計測機器等に用いられ、今日のインターネット革命を支える半導体産業にも無くてはならない存在となっています。空気圧システムは電動システムに比べて、圧縮性によって柔らかさを持ちます。柔らかさとは空気は伸びちじみしますので、人間の指のように柔軟な動きとなります。ロボットが物体を持つ場合にはこの圧縮に関して温度変化を伴うのでこれを制御する技術として、本展示の等温化圧力容器が登場するわけです。本解説は活躍する空気圧の世界を紹介して、これからの若い技術者の皆さんに少しでも空気圧技術に親しみを持っていただきたく、筆を取った次第です。

2.空気圧応用技術概論

 空気圧の作動流体としての特徴は環境性に加え、気体としての圧縮性にあります。空気の圧縮性は欠点にも利点ともなります。空気圧駆動方式では細かい位置決めは不得意、欠点となりますが、物体を掴むとかの場合は圧縮性は利点となります。圧縮性を考慮した空気圧システムの設計が重要です。
従来の最も一般的な空気圧システムは電磁弁と空気圧シリンダ、ロータリアクチュエータの組み合わせです。空気圧シリンダは大きさ、形式等多くのタイプがありますが、直径が30ミリ以上のシリンダでは空気の圧縮性を巧みに用いた速度制御方式が用いられます。メータアウト速度制御と呼ばれ、日本フルードパワーシステム学会の論文によって搬送負荷が変わっても速度が一定になるとの特性が解明されました。半導体産業にも多くの応用例があり、今後も注目されます。また空気圧の環境性を活かした非接触把持搬送が実用に用いられています。この非接触把持機構にはベルヌーイ式とボルテックス式があります。どちらの方式においても物体を触らずに空気の力で搬送するとの興味深い特性を持っています。

3.空気圧による生体計測

 人間の血圧計測は血液との流体の圧力計測がテーマでありますが、当然ながら血圧計測のために健康診断で血管を切ったり、針を挿したりする事は許されません。特に空気圧は血圧や眼圧の計測、生体の関係する計測制御分野で多用されています。これは空気の作動気体としての性質、圧縮性と原則的に戻り管不要の特性を有するためです。図1は市販での血圧計測器の一例です。

図1 一般用非侵襲空気圧応用血圧計

 血圧計測機器では弾性を有する血管と流体の性質を巧みに用いて、人体に損傷を与えずに、非侵襲計測を可能にしています。計測の方法としては、圧力脈動振幅を抽出するオシロメトリック法、及び衝撃波による音の発生を捕らえるコロトコフ音法があります。FLUCOME2009がモスクワで開催された際に、風邪薬をドラックストアに買いに行った際に日本製の血圧計が置かれていて、私の提案する計測時間を短くする血圧計も陳列されていました。この血圧計は圧力を上昇させている時の圧力振幅を計測して測定時間を短くしている方法です。
 自分の行った研究内容の製品がコロトコフ音の発見者の生誕地のロシアでも用いられているのは感無量でした。

4.空気圧の各種産業界での応用

 各種産業の自動化組み立てラインでは空気圧機器が多用されています。図2に半導体関連装置の一例を示します。

図2 空気圧機器が随所に用いられる半導体関連製造装置

この様に製品の移動、加工の工程に空気圧が用いられています。空気圧機器は各種産業に求められている仕様で極めて多くの種類が用意されています。図3に一例を示します。

図3 簡便に利用でき地球環境にやさしい空気圧機器(SMCカタログから引用)

5.空気圧を用いた内視鏡手術ロボット

 図4に空気圧を用いた内視鏡ロボットを示します。

図4 空気圧アクチュエータを用いた国産内視鏡ロボット(リバーフィールド株式会社)

内視鏡ロボットとしては米国のダビンチが有名ですが、触覚を有する手術ロボットは世界初で、それが空気圧によって実現されています。手術時には体内に入る機器は煮沸消毒を行う必要があります。電動式の内視鏡ロボットでは構成部品の関係上煮沸を実現できません。空気圧駆動の内視鏡ロボットでは煮沸が可能なわけです。図5に手術ロボットの本体の空気圧回路を示します。

図5 内視鏡ロボットの内部の空気圧配管

6.空気圧工具

 空気圧の応用としては色々な工具にも用いられていますが、建築現場でパンパンとの音が聞こえてきます。これは図6に示す小型空気圧圧縮機(コンプレッサー)と釘打機の発する音です。毎秒数本の釘を打つことが出来ます。この空気圧工具によってツーバイ工法を支えています。

図6 空気圧工具:コンプレッサーとくぎ打ち機 

7.等温化圧力容器

 空気圧システムを適切に設計するためには機器の特性を正確に把握する必要があります。特に圧力が変化すると温度変化が発生しますので、正確な測定が行えません。そこで考案されたのが等温化圧力容器です。展示にありますように圧力容器の中に40ミクロンの銅線が詰められています。圧力が変化しますと温度が変化します。等温化圧力容器の場合では空気の温度変化を充填された金属線が抑制しますので等温状態での計測を行うことが可能です。

 図7 等温化圧力容器


関連情報

令和4年度 産業標準化事業表彰受賞者インタビュー Vol.8
経済産業大臣表彰/香川 利春(かがわ としはる)氏
国立大学法人東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 名誉教授
https://www.meti.go.jp/policy/economy/hyojun-kijun/keihatsu/hyosho/interview/R04fy/20221024-08.html

香川利春名誉教授が令和4年度「産業標準化事業表彰」の経済産業大臣表彰を受賞
https://www.titech.ac.jp/news/2022/065577

東京工業大学 科学技術創成研究院 (IIR)News
香川利春名誉教授が令和4年度「産業標準化事業表彰」の経済産業大臣表彰を受賞
https://www.iir.titech.ac.jp/news/news-3333/


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