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戦地をくぐりぬけたボート部のメダル

東京工業大学博物館

東工大の端艇部(ボート部)はオリンピック選手を出しています

新学期が始まって間もない頃(2018.4.9)、博物館の事務室に電話がかかってきました。電話の主は岩野美惠子さんという方で、お父様の遺品を整理していたら、生前とても大事にしていたメダルが出てきたので東工大に寄贈したいという申し出でした。博物館はノーベル賞以外のメダルの寄贈は受けない方針で来ていますので、「申し訳ありませんが、…」と断りかけたのですが、「戦地で形身代わりに預かったものだと父が申しておりました物でして…」ということで、電話を受けたスタッフ(丸山桜起& 佐々木裕子)が出向いて、話を聞くことになりました。伺った内容を確認した上でメモに残すために、ボート部の歴史を調べることになったのですが、その過程で、部員の一人が1928年のアムステルダムオリンピックに派遣されていたことが分かりましたので合わせてお伝えします◆アムステルダムオリンピックといえば、織田幹雄(三段跳び、金)、鶴田義行(200 m平泳ぎ、金)、人見絹枝(陸上女子800 m、銀)等の活躍に日本中が湧きかえりましたが、主催者はまさか日本人が優勝するとは思っていなかったようで、表彰式用の日章旗を用意していなかったり、日本国歌の吹奏練習をしていなかったりで、パニックになったそうです。

眠りから覚めた記念メダル

❶ ボート部の記念メダルの裏面にはクルーのポジション・名前・卒業年度が記されている。

岩野さん一家は直接本学とは関係なく、お父様(岩野武蔵)も本学の出身ではありませんが、戦地で本学出身の加藤好雄(1931年〔昭和6〕附属工学専門部 機械科卒)と一緒に行動した関係で、加藤さんが肌身離さず身に着けていたボート部の記念メダル(図➊)と勤務先(王子製紙苫小牧工場)の同僚たちから贈られた懐中時計を、「俺は生きて帰れるかどうか分からないから」といって先に内地に帰る岩野さんに預けたのだそうです。途中で見つかると没収されるので、岩野さんは加藤さんから預かった小さなメダル(ペンダント)を石鹸に埋め込んで(石鹸を熱で融解し、メダルを入れた後に再固化して)大事に持ち帰り、帰国後は桐の箱に入れて大切に保管していたそうです。最終的には持ち主だった加藤さんも無事帰還し、二人は再会します。ここで岩野さんは加藤さんにメダルと懐中時計を返そうとするのですが、加藤さんは「俺の分身と思って、そのまま持っていてくれ」というので、メダルと時計(スイスの老舗TISSOT製)は岩野さんの手元に残ることになりました。加藤さんは、1997年に86歳で亡くなり、岩野さんも1996年に80年に及ぶ人生を閉じましたので、今となってはメダルとそれにまつわる思い出だけが残されています。美惠子さんは、父が「レニングラードに着いたとき、周りは真っ赤だった」と言っていたことや必死の思いで持ち帰ったシューバ(毛皮製の防寒用オーバー)を大切にしていたことを鮮明に覚えているそうです。


加藤さんの略歴

メダルの持ち主だった加藤さん(1910.6.15~1997.4.3)は、東京都の出身で、本学の前身である東京高等工業学校(高等工業)の最後の学生です。学科は機械科。高等工業は昭和4年〔1929〕に大学に昇格しましたので、高等工業の2年生になるはずだった加藤さん達は、受け皿として作られた「東京工業大学附属工業専門部」(経過措置、図➋)に進級しました。

➋ 大学昇格時の組織構成と本稿の主人公の所属(左)と正門に掲げられた看板(右)。
写真の右側に「附属工学専門部」の看板が見える。

昭和6年〔1931〕に卒業し、王子製紙の苫小牧工場を皮切りに、子会社の日本人絹パルプ株式会社への出向(樺太=サハリン、敷香工場)を経て、愛知県の春日井工場原資部長、本社建設部製造部長、釧路工場長などを歴任し、東京オリンピックが開かれた1964年には常務取締役・エンジニアリングサービス事業本部長になっています。
加藤さんが所属した王子製紙は、戦後のGHQによる財閥解体(分社化)と後の再統合によって、社名が目まぐるしく変わりますが、基本的には一貫して王子製紙で仕事をしたと考えていいでしょう。加藤さんの履歴を単純にたどると転職の先駆け的人材(転職のプロ)と見誤るので要注意です。加藤さんが戦地でボート部のメダルを託した岩野さんは加藤さんの部下でした。

古い名簿の威力

最初の電話情報では,名字「加藤」、「ボート部」、卒業時期「昭和初期の1930年前後」という手掛かりしかありませんでしたが、卒業生名簿・卒業アルバム・同窓会誌などを根気良く調べることにより、候補者を二人に絞ることができました(参考文献1)-6))。そして電話の主にお会いした時に,同窓会名簿に載っていた会社の名前「王子製紙」から加藤好雄さんと同定できたわけです。資史料館で仕事をしていますと『名簿』に助けられることが多いのですが、最近では個人情報保護の観点から名簿が姿を消しつつあり、絶滅危惧種と重なるせいでしょうか、複雑な思いに駆られます。

卒業アルバムと同窓会誌がもたらした新展開

同窓会誌の会員消息欄を中心に加藤さんを追跡していた時に、偶然、1928 年のオリンピックに派遣される「菅原兵衛」選手の紹介記事が載っていました。時期的に「もしや」と思って、卒業アルバムを丁寧に調べてみると、二人が一緒に写っている集合写真が見つかりました(図❸)。本学の前身校は隅田川のほとり(蔵前)にあったせいもあって、ボート部は伝統的に強いのですが、当時は一番勢いがあったクラブだったようです。

❸1929 〔昭和4〕年7 月14 日からのボート部(学友会端艇部) の合宿に参加した選手やコーチ。参加者リストに“加藤好雄(機二)”、“菅 原兵衛(先輩)” との記載あり。
出典: 1930 〔昭和5〕年卒業アルバム

第9 回オリンピックはオランダのアムステルダムで開かれました。昭和3 年(1928.7.28~ 8.12)のことです。菅原兵衛さん(現宮城県築館高校出身)は、5 月26 日(本学の創立記念日)の壮行会の後、5 月30 日に日本をたち、シベリア鉄道経由で英国に渡っています。英国で事前トレーニング(Henley-on-Thames で合宿、6/15 ~7/24)をした後に、7 月25 日にアムステルダム入りしています。舵手付きクォドルプル(漕手4名+舵手1名)の試合は8 月2 ~ 10 日に行われましたが、控え選手として臨んだ最初の試合で負けてしまい、残念ながら菅原さんの出番はありませんでした。現地からの菅原さんの手紙、特に控えに回ったときの心境を吐露した以下の一文はとても他人事とは思えません。スポーツは体よりも心を鍛えるものとさえ思えます。

『…補欠の憂き目に会わねばならぬ運命になりました。…初めて補欠と言うものの任務の割合苦しいものであると感じたのでございます。でもこの苦しみは,決して外部的なものではございません。未完成な人間程こんな苦しみがあるのでございましょう。…自分の立場は何であっても只皆様の御厚意に報ゆるために,…きっと立派に務めを果たす覚悟でございます。…』(参考文献5)-7))

長年の謎も氷解

本学の博物館には洋風の絵タイルが2 枚収蔵されています(図❹)。菅原兵衛氏寄贈というメモが残されているのですが、詳しい来歴は不明でした。卒業生名簿で、寄贈者の菅原さんは窯業科の学生だったというところまでは辿れたのですが、それ以上のことは分からずじまいで、収蔵庫に眠ったままとなっていました。恐らく、アムステルダムから帰った菅原さんが応援してくれた大学や同窓会の関係者にお礼の品として贈呈したものでしょう。当時は「菅原兵衛」といえば“時の人” でしたから、説明は不要だったのでしょう。しかし、時の経過とともにオリンピック選手であったことが忘れ去られ、陶板上の手書き文字もMarken(オランダの都市)、Holland(オランダ)と確定できずにいたのです。貴重な資料には、しつこいぐらいの来歴、特に写真には人物名を記すように心がけたいものです。

❹菅原兵衛さん寄贈の絵タイル。窯業科の学生だった本人の作品か、オリンピックの土産かは不明ですが、タイルには "Holland" (左) 及び "Marken Holland" (右) と書か れており、かつサイズ(約12.1×12.1cm) が微妙に違うことから後者の可能性が高 いと思われます。

菅原さんは帰国後、精神的につらい日々を過ごしたに違いありませんが、それを克服し少し遅れて、附属工学専門部(高等工業の延長、図➋)の窯業科を卒業しています。続いて、新しくスタートした東京工業大学の機械科に入り直して、1936 年〔昭和11〕に卒業し、荏原製作所に就職しました。

参考文献

1)   蔵前工業会誌第291 号(昭和3 年4 月1日発行)18 頁、1928.
2)   蔵前工業会誌第293 号(昭和3 年6 月1日発行)20 頁、1928.
3)   蔵前工業会誌第294 号(昭和3 年7 月1日発行)24 頁、1928.
4)   蔵前工業会誌第295 号(昭和3 年8 月1日発行)17-18 頁、1928.
5)   蔵前工業会誌第296 号(昭和3 年9 月1日発行)15-16 頁、1928.
6)   蔵前工業会誌第388 号(昭和11 年5 月1 日発行)29 頁、1936.
7)   東京工業大学端艇部100 年史( 平成13 年11 月28 日発行)121-122 頁、2001.

2018年8月(初版)
2022年7月(web版)
(発行) 東京工業大学 博物館 資史料館部門

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